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わんこ

ルーツの旅

というわけで先日逝去した父方の祖母の法要で、九州に行ってました。法要もちろん重要な名目だけど、それは初日の夕方に向こうに着いて小一時間で終了。ウチじゃ近しい身内だけで坊さんも呼ばないので簡単なもんです。で、それだけで帰ってくるのは勿体無いので、3日ほど滞在してきました。

初日
・昼過ぎに羽田発。いつも何かしら検査でひっかかる(鍵束、ペンケースに入れっぱの鋏等)ので厳重に荷物をひっくり返して臨んだら、最近入れっぱなしにしてたダーツで引っかかる。家族の「またか…」という視線が痛いwww

・空港まで迎えに来てもらって夕方に大牟田の祖父母宅で法要。その前に家の写真を撮ったり、目の前にある親父の母校の小学校を散策したりした。終了後、居合わせた父と妹二人(オレから見た叔母)の三家族を中心にした親族で東の山の上にあるホテルセキアへ。そこで会食して我が家は宿泊。


・ホテルセキアはグーグルで見ると良く分かるんだけど、ホテル以外まーったくなんにもない山の頂上にいきなりあります。かなり大きなホテルで、無駄に広大な敷地に微妙な施設が点在。売りだった展望浴場が半年近く閉鎖だったりで経営が怪しくて、潰れたら間違いなく怖いスポットになるな…。韓国人客が多くて、11月からオーナーが韓国人に代わったとか…。行く余裕がなかった「楽市楽座」ってゲーセン気になるなぁ。

・お風呂は温泉だったのかな。広くて設備も良くて、快適でした。朝も入った。

二日目

・ここから先は下の叔母の家族と七人編成の部隊で島原観光。フェリーで島原半島へ。フェリーは熊本の長洲から出てるヤツで、見た目はボロボロなんだけど客室の内装がカフェっぽくオシャレになってた。

平成新山ネイチャーセンター

島原市外を抜けて、災害後に新設された眉山ロードへ。これは眉山を後ろに迂回する道で、途中にある平成新山ネイチャーセンターに寄る。ここは火山調査拠点のついでに資料展示をしてるようなところで、小さいし地味で分かり辛いので多分観光ルートからは外れやすい(笑。広い遊歩道があって平成新山と火砕流の流れた上の土地を観察出来るエリアで、この日も大学の観測チームらしき人たちが来てた。災害初期の火砕流が襲った南千本木の手前にあって、ここで工事してた親戚の知り合いが亡くなったとかなんとか。多分一番最初の犠牲者。平成新山の荒涼とした灰色の山肌には、復興プロジェクトで上空から蒔いた種から育った緑が、ところどころ点在してた。


・眉山を下って祖父の実家である深江町の本家へ。今は父のいとこが当主で、二人は幼馴染で今でも仲良し。オレは三度目の訪問だったんだけど、毎度すさまじい量のご馳走でもてなしてくれます。豆腐、煮物、手作り饅頭…田舎の手作りの味でどれも至高なんだけど、有明の魚介類の刺身がマジ半端ない。しかし多すぎて食いきれなかった…orz

・このへんの小林家のご先祖は赤穂の落武者で、討ち入りに参加しなかった人たちの一部らしいです。参加してたら血は途絶えていたわけで、忠臣蔵を見るたびに複雑な気分になります。家紋はかなりメジャーな、丸に剣片喰。

・被災前は葉煙草メインだったんですが火山灰で土地がやられたので、今はアスパラを作ってます。これがメチャクチャ美味いんだけど時期外れで残念…。これ食べるとスーパーで売ってるアスパラ食べらなくなる。まったく別物。そのビニールハウスとか近所を散策しつつ、ひいじいさんの墓参り。


・本家からお暇して、もう一軒親戚の家で立ち話をして、道の駅みずなし本陣へ。ここは土石流の直撃被害に遭って土砂に埋もれた家屋を保存してあるという、かなり衝撃的なスポット。以前災害から数年後に来たときは荒地ままの駐車場にロープだけ張ってあるような状態で見学させてたけど、今は道の駅を中心に整備されてた。みずなし川周辺はこんな風に災害で抉られた爪痕と、復興した新しい道路・区画が混在しています。後述の記念館と合わせて見ると、災害の恐ろしさと復興の逞しさに感銘を受けます。

・この日の宿泊は島原市の老舗旅館南風楼。ややボロいけど品のある旅館で、今やってる映画の撮影後に吉永小百合がお忍びで来た、と支配人が言ってた。てかその支配人、食事中に唐突に挨拶に来てみんなで不思議がってたんだけど、親戚が知り合いで根回ししていたことが後で判明。田舎のネットワーク恐ろしい…。

・部屋がウィルコム圏外でオレ涙目、ロビーにかろうじて無線スポットがあったんで、とりあえずiPod touchでインターネット充。touchのネット機能イラネと思ってたけど、ここで恐ろしいほど威力を発揮することに。touchのインターフェース+Safariが使いやすいこと!部屋からノパソ持ち出すのもめんどうだし。前回のエントリーは寝る前に部屋で書いて、チェックアウト前にロビーでポストしました。

・お風呂はトロっとした微にごり温泉で、オレはちょっとニガテでした。

三日目
災害復興記念館がまだすドーム

雲仙岳災害と火山災害全般の科学館的なところなんだけど、かなりレベルの高い内容で勉強になりました。なにより災害資料が完全なリアルなので、訴えかけてくるものの重みが違います。堆積した土砂の中から発掘された被災物とか、当時の自衛隊撮影の記録映像とか。中でも14年経って発見されたカメラから復元したフィルムのドキュメンタリーは極めつけで、最も犠牲者の大きかった6.2の大火砕流で犠牲になった報道カメラマンのもの。火砕流直撃直前の肉声や周囲の人たちの緊迫した状況も入っていて、見てて戦慄を覚えました。当時の関係者の証言なんかも入っていて、実際のカメラと共にそれが被災した上千本木地区を展望出来る場所に設置してあります。他にCGと稼動床で実際の観測データや資料から再現された災害体験シアターとか実験資料とかあるんですが、観光客への啓蒙としてはてき面だけど、被災された方は絶対行かないほうがいいレベル…それくらい凄くて魂が震えます。


・ここで合流した父の叔母の案内で島原城下へ。湧水とか銀座食堂とか武家屋敷とか島原藩主のお墓とか、名所旧跡を見て回る。ていうか途中からどう考えてもまぼろしの邪馬台国の聖地ツアーになってる件…まぁ島原が脚光を浴びることなんて中々ないですからねぇ。石工だった祖母の父が彫ったという仏像群も見物。これはすげー。


・一路北上して、三会にあるというその祖母方の実家へ。島鉄の三会駅の直ぐ横で、裏手に電車が走ってます。親父はここにも良く遊びに来てたみたいです。海も近くて、海の上には200年前の大噴火の岩石が鎮座してます。

・フェリーで福岡に戻り、施設で面倒を見てもらっている祖父のお見舞いをしてから親戚と解散。後は博多に移動してビジネスホテルで一泊。翌日は8時台の便で博多を出て、なんと午前中に自宅に帰ってました。なので三泊三日、というカンジで昼過ぎは普段のノンビリ休日。なんという強行軍…。まぁ最後の一泊は飛行機が取れなかったことによる余分な一泊だったんですが、三日目の夜バタバタ帰るよりラクで返って良かった。今日もあまり疲れを残さず無駄にしなかったし。

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